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社宅は課税?署名は個人責任?保険料は頭打ち? ― タイ経理の3つの実務ポイント


社宅は課税?署名は個人責任?保険料は頭打ち? ― タイ経理の3つの実務ポイント

タイの経理と日本の経理は同じではない


 タイでの経理業務には、日本での経験や常識がそのまま通用しない場面が数多くあります。今回も、日本では当然とされる実務が、タイでは異なる前提で運用されている3つのポイントを取り上げます。日タイ間の制度・文化の違いを理解し、実務対応のヒントとしていただければ幸いです。


駐在員の住宅費は会社負担でも個人所得税の課税対象になる


 日本では、会社が借り上げた社宅を従業員に貸与する場合、一定の計算方法による「賃貸料相当額」の50%以上を従業員から徴収していれば、会社負担分は給与として課税されない取扱いが認められています。実務上は会社が大半の家賃を負担しても、個人の課税所得への影響を抑えられる仕組みになっています。


 一方タイでは、こうした社宅制度に類する非課税枠は存在しません。会社が家主に直接家賃を支払っていたとしても、それは駐在員本人に対する経済的利益(fringe benefit)として給与所得に含まれ、個人所得税の課税対象となります。さらに、日本のように賃貸料相当額の一部負担で課税を回避するといった調整手段もないのが実情です。


 その結果、家賃の高い駐在員ほど個人所得税の負担が大きく膨らみ、会社が税金まで負担する『グロスアップ』が必要となるケースも珍しくありません。住宅手当を含めた駐在員パッケージを設計する際には、額面だけでなくタイ側での課税構造を踏まえた検討が必要です。


取締役(Director)が決算書に直接サインする責任を負う


 日本では、上場企業や会計参与設置会社などを除き、取締役個人がP/L・B/Sに直接署名する場面は実務上あまり多くありません。決算書類は会社として承認・提出されるものであり、個別の取締役が署名責任を負うという感覚は薄いように思われます。


 一方タイでは、財務諸表や関連提出書類について、登記上の署名権者である取締役の署名・承認が求められる場面があります。これらの書類の内容や提出プロセスに問題があった場合、会社だけでなく、取締役や会社運営に責任を負う者にも責任が及ぶ可能性があります。提出遅延や財務諸表の虚偽記載などについては、罰金に加え、取締役個人への責任追及がなされうる仕組みです。


 実務上は、日本人駐在員が取締役に就任しているケースが多く、現地経理担当者から差し出された書類の中身を十分に確認しないままサインしてしまう場面も散見されます。しかし、署名はあくまで個人としての責任を伴う行為です。タイ語や英語の書類であっても、可能な限り内容を理解したうえでサインする姿勢が求められます。少なくとも、何の書類にサインしているのか、どのような数字を承認しているのか、外部専門家のサポートを受けながら把握しておくことが望ましいでしょう。


社会保険料の上限額が日本に比べて極端に低い


 日本では、健康保険や厚生年金保険の保険料は、標準報酬月額・標準賞与額に料率を乗じて算定されます。現時点で標準報酬月額の上限は厚生年金で月65万円、健康保険で月139万円とされており、厚生年金については今後段階的な引き上げも予定されています。労使合計で見ると社会保険料率は相応に高く、高給与者については人件費・福利厚生コストの設計上、無視できない要素となっています。


 一方タイでは、社会保険(Social Security Fund)の保険料計算の対象となる月給の上限が長らく月15,000バーツに固定されてきました。2026年1月から段階的な引き上げが始まり、2026年から2028年までの上限は17,500バーツ、将来的に2032年以降は23,000バーツへ引き上げられる予定ですが、それでも日本との差は歴然としています。料率は会社・従業員それぞれ5%にとどまり、現時点での最大月額保険料負担は会社・従業員それぞれ875バーツ、合計1,750バーツに過ぎません。


 このため、月給100,000バーツの従業員も月給1,000,000バーツの従業員も、社会保険料の絶対額はほぼ同じというのがタイの実情です。給与水準が一定以上であれば、社会保険料は人件費・福利厚生コスト全体の中で大きな割合を占めません。日本のように「月給が上がれば保険料負担も比例的に増える」という設計感覚は、タイには当てはまりません。給与水準・福利厚生制度の設計を行う際には、日本の発想を持ち込まずに、タイ側の制度の実態を踏まえた検討が必要です。


まとめ


 今回取り上げた3つのポイント――駐在員住宅費の課税、取締役の署名責任、社会保険料の上限額――はいずれも、日本の実務感覚を前提にすると見落としやすいものです。

これらは単なる制度の違いというよりも、その背景にある「個人と会社の間でコスト・責任をどう分担するか」という前提の違いに起因しています。日本ではあまり意識されないこれらの前提が、タイでは駐在員パッケージの設計や取締役個人のリスク管理、人件費構造の理解に直結します。


 「日本ではこうだから」という発想に頼らず、タイ側の制度・実務上の前提を一つひとつ確認しながら運用を構築していくことが、駐在員のサポートや取締役自身の保身、そして経理・人事業務全体の健全な運営につながります。本コラムが、そうした視点整理の一助となれば幸いです。



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